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明日から

5日間 鹿児島へ帰ります。。

勿論 全部は無理とて 行きたい所(温泉)・食べたいモノ等を 今からノートに書き込んで実現に向けて作戦立てております。。

今回は 有川氏と 名湯〜たぬき湯〜 に行けるかなぁ??
男話を フル○○でダラダラ話すのは なかなかの哀愁モノですからね(80%獣)・・

しかし毎度の事ながら 生まれ育った 志布志市と 青春を過ごした? 鹿児島市との距離がもどかしい・・ 実にもどかしい。。

また 詰め込み過ぎて逆に疲れる系 帰省になることは必至であります・・
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by tvpvo | 2010-06-09 17:08  

今後の音楽活動の説明

先日 当ブログにて 僕のこれから という事で 5大決心 を記しました。


慢性的な荒廃ブログにて 記した後も当たり前に?何事もなく 日々は過ぎていった訳でありますが(ブログ上でも)0601の昨夜のライブにて意外?にも アレ に対しての 反響 大きく、、 沢山の方々から 説明を求められたり、疑問を投げつけられたり、歓迎されたり、説得を受けたり(笑)、アドバイスを頂いたり、って事がありました。。


みんな 何かと気に掛けてくれてるんですね
実に有り難い事であります。。
そういう事もあって 事、音楽に関しての下りに関して、結果的に意味深というか 分かり難い 書き方になってしまった事に気づかされました。
ここでは 少し これからの僕の音楽活動に関して書きたいと思います。

・0601が今生最後のライブじゃなかったの? について

一言もそんな事言ってない(笑)
でも 昨年のワンマンにしろ 昨夜にしろ 今夜が最後かもしれない・・ってつもりで歌いました(本当)


・これからライブする事があるのか? 又その予定があるのか?について

あると思います

けど 予定は全く無いです。


・The Vector plussを どのような形かでも残すつもりがないのか? について

散々悩みましたが 楽曲以外は残さずがベターでベストと判断しました。
そもそも最初は僕が始めたプロジェクト(バンド)とはいえ The Vector plussは 僕と岸野と泊 だけのモノであり、3人が集まった時のみが The Vector plussなのだと気づいた為です

なお・バンドでの活動はやめます という下りについては、バンドを組んで長期的にかつ継続的にもっと言うと それを生業にする事を目指した活動をやめよう・・という事で 矛盾するかも? ですが これからの音楽の目的はそこじゃない って意志でもあります
バンド編成でのライブ出演を否定するモノではありません。

僕はもっと 実験も含めて 自分の音楽を突き詰めたい

出来る事なら ずっと 音楽 を続けたい
人間的にも もっと成長したい

もっと 遊びたい

大人の放つ ロックは 背負ってなんぼ
! もしくわ 捨てきってなんぼ! だと思う。 でないと本当に大人を感動させる事はできない

僕は背負う事で どうにか活路を見出したい

小さくてもよくて、狭くてもよくて、たまにでもいいから 僕は 最高のステージを目指します


音楽&業界のジレンマに関して は後々に、、とりあえずはこんなところです。
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by tvpvo | 2010-06-02 18:36  

0601の事

0601高円寺club LINER のイベント無事終了しました

寸前告知にもかかわらず(怒られた)沢山の方々と音楽仲間が駆け付けてくれました。 本当に嬉しかったす!アリガトウ!!
尊敬すべき対バン面子も手伝って実に刺激的な夜でした・・特にピンカラやっぱり凄すぎます!

今回 サポートで演奏してくれた 馬場兄と角地君(悪乗りブラザーズ)も 大いに悪乗りしていただきまして まるで後ろから横から全身をガッツガツ殴られているような・・とてつもないパワーで後押ししてくれました。 お陰様で昨夜も 異常な量の汗をかきました(殺す気かぃ)
素晴らしきハチャメチャグルーヴでした!
弾き語り『スパンコール』後の 『心と体は離れたがっていない』の出だしドラムで イケる と確信した。

『グレーゾーン』は元々のアレンジよりトリッキーにそして 歌というか 言葉 が立つように すき間を沢山作って 結果 より歌らしくしてみました。理想に一歩近づいた。

『I know R』はリハーサル時を含めても間違いなく今までで最速だったでしょう・・ 慣れてないので 手をつるかと思った・・

最後の曲『ネオンの街』は本当に言う事無し! 気持ちが 乗った・・ とは あのような演奏を指すのだと思う

フールの大坪君が 危険な綱渡りを見てる感が ハラハラしてとても楽しかった と言ってくれましたが 本当にそんな感じだったかも しれないです・・

ザックリ言うと結果 楽しんでもらえたのなら 他は何でも良い

僕は ただそれだけの為だけに 昨日のステージに立った訳だし・・


ある意味 今の僕は その点において有利というか 強い のです。。
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by tvpvo | 2010-06-02 16:39  

終わりと始まり

6/1 (tue)@高円寺club LINER
『gesso live vol24』
open: 18:00
start: 18:30

ticket 前売り \2000
当日 \2300 (要1d)
出演 FOOL&SCISSORS/アンニュイギャルソンズ/ ピンクテールカラシンズ/flatman/古島省吾/oomoriseico the band/


告知はいつも通りに寸前なのです!

やめるって言ったり、歌うって言ったりで申し訳ないですが、、

歌います!!

古島省吾として The Vector plussを歌います!

東京にて 最も 我々のバンドに接近してきた男と 最も遅く出会った男 と この日限り?でタッグを組み

歌い狂います!

勝手な事を言えば やっぱり観て欲しいです!

本当にそう思える ハチャメチャな?不思議な? グルーヴ感が出てきました。。

対バンも 嘘みたいに 知り合いばっか(笑)

受けないと ヒトデナシ 扱いされかねません・・
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by tvpvo | 2010-05-30 03:01  

古島省吾のこれからについて(5大決心)

バンドを休止させた後 自分のこれからの身の振り方について考えに考えた結果 5つの決心に至りました。

古島省吾のこれから

其の1 音楽はどのような形かで地味にでも続けます

其の2 バンドでの活動はやめます

其の3 結婚します
其の4 これから3年を目処に 故郷の鹿児島へ帰ります

其の5 これから5年を目処に 故郷の鹿児島にて 小さな飲食業から事業を始めます


新たな夢と目標とハードルを 自分に課して 自分の家族と音楽を死守します!!

宜しくどうぞ!
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by tvpvo | 2010-05-29 04:00  

To 自分 (東京にて)

地味なあがき?を積み合わせて どうにか東京に来た。

1ヶ月後には メンバー4人 全てが東京に降り立った。

1年目

とりあえず 誘われれば まず断る事なくイベントに出演した。ハコのブッキングも どこでもいつでも 大抵は引き受けた。もしくは お願いした。百聞は一見にしかず と考えたからだ。

当たり前とはいえ見事なくらいに赤字だった。 しかし、そんな事をいちいち言っていては音楽(好きな事)等やってられないし。
一体 どうすれば? そればかり考えてた。
2年目

色々な事を あえて無視して 走った ツケ だろうか?
メンバーの1人が脱退となり 3人になった。
正直言ってこれまでか・・?と思った。
それでも イチかバチか3人でとにかく やれる事をやってみよう とチャレンジした。

意外?にも シンプルで 力強い 良いバンドになった。
アルバム『03』が出来たのはその頃
3年目・・・みんな そのバンドで 自分の役割 とか 使命 を自覚し始めた。

僕自身 今までで 最も バンドのグルーヴやら マジック? を実感した時期だった。
ライブは いつも120% を信じて 絞り出した。
しばしばこけたが・・
4年目・・
良いバンドは更なる良いバンドになる必要があった。

僕は 今までのバンドのスタイルをもっと深いモノにしたかった。ターゲットがしぼられても・・
何曲かに至って それは とりあえずの一歩を踏めた と思う。

馬場兄(タイガーサウンド)と組んで アルバム『04』をリリースする。本当に色々あったが、最高に楽しい製作期間だった。

東京では初めてとなるワンマンライブを果たした。

しかしこれからが 本当の勝負であり 始まりなんだと理解しながらも、次の一歩がどうしても出せなかった。今までのようにこれからを提案しきれなかった。

バンドは動けなくなった。
目的だの 意味だの 夢だの 希望だのをメンバー間共有出来ないバンドは 見事な程に動けなくなるモノなのだ。
そもそも バンドマンは何(お金も)はなくともソレらのみ で皮一枚繋がっている と言っても決して 言い過ぎでない。


バンドを失うのは 本当に 不安 で こわかった。

今まで 10年くらいの間 寝ても覚めても 音楽 の事ばかり 考えてきたから・・
でも 進化なり退化なり 少しずつでも変化できない バンド はいずれ遅かれ早かれ 必ず 止まる訳で、、
そんなバンドをダラダラ続けるのは、自分の為にもファンの為にも良い事はないのだ。 誰も幸せに ならない。。

居心地が良くても 同じ場所に同じようには ずっと はいられない。

自分が変わらなくても 周りが必ず変わるし、時代が変わる。居心地の良い筈のソコは 知らぬ間に別な場所のようになっているかもしれない。結果何かが変わっている。。確かにそういうスタイルもあるとは思うが・・

人生を 一歩進めるしかない。

バンドを活動休止として これからを考える事とした。
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by tvpvo | 2010-05-28 18:05  

To みなさん(久し振りに歌います)

でました!

恒例の前日告知!

我々の良しも悪しも兄貴分 ツッパリ馬場社長らのバンドが企画するイベント。

5月5日(水) 八王子Match Vox
THE SORRY ON PARADE企画 『5月5日に5曲勝負!!』
Open 16:00 Start 16:30
\2000+ドリンク

に 開場〜開演の間で 何曲か歌う事になりました(すなわち前座)。。

活動休止後は どんな場所であれ形態であれ 出演を断ってきましたが、、 この人に頼まれた事なら・・と思い 歌う事に、、

去年もバンドで出演させてもらったんですが、 全てのバンドが5曲ずつ ガンガン 入れ替わってゆく 怒涛のイベントであります。。

体力が必要です(笑)

忍耐?も(笑)


激しいバンドが多い中 異質な空気を出せれば良いのかもなぁ と思います。。
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by tvpvo | 2010-05-04 03:12  

To自分 (あがきの決心)

学生時代も 何かと 金 が無かった(しっかり遊んでいたから)と思っていたが 大学を卒業してからは 当たり前に親からの仕送りがストップした。本格的に金が無い。

俺は音楽をやるのだ!と言ったはいいけど しっかり腹は空くし、道端では寝たくない。 食費も家賃もかかるのだ。

人間は生きてる だけ で 金 がかかるのね。(阿呆みたく)

とにかく 音楽では収入が無いので 他に仕事をしなければ・・ でも音楽が最優先であり 融通が利かなければ・・そうして バイト&バンド生活が始まった訳だ。

拠点はそのまま鹿児島にした。

どこだって やるべき事 は一緒だから(と思ってたし)。
不器用&下手くそ なりに頑張った・・けど バンドは解散になった。

今度は1人になって 古島省吾(つまりは本名)として 弾き語り で活動を始めた。なんだか そんな流れになった。
案外 性 に合っているかもしれなかった。 が ちょっと つまらなかった。
1年程 したら再びバンドがしたくなった。
The Vector plussを結成した。

鹿児島で出来るだけの事をやった。つもりになった。

すると自分の想像外の規模 東京 で音楽をしてみたくなった。

一大決心 バンドメンバーみんなで 上京した。
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by tvpvo | 2010-05-01 03:32  

To自分 (阿呆みたいにバンドに興味を持つ)

大学には ロック部と器楽部とフォークソング同好会とがあった。
僕はどれかに入りたかった(サッカー以外の部活に入ってみたかった)(ボランティアサークル等には沢山の女子がいて大いに楽しそうに見えたので少し迷ったが)ので 新入生勧誘のライブを観る事にした。
ロック部 は長髪のいかにも なお兄さんが ニルバーナ を演奏していた。
器楽部は イエモンを演奏していた。
フォークソング同好会は フォークソングとはよほど言い難いハードなサウンドでオリジナルの曲をやっていた。

つまりはみんな 大きくはロック をやっていたのだ。 うちの大学にジャンル のような 棲み分けは存在しないようだ・・ 別にそれで構わないが、、

僕はガットギター以外の楽器をほとんど持った事がなかったし バンド経験は殆ど皆無。勿論自信など全く無かった。少しだけ興味があった程度だ。だから 一番緩そうなサークルを選んだ。
それは器楽部。

僕と似かよった考えの緩い? 男女 が集まっていた。。みんなでワィワィバンドできたら楽しいキャンパスライフだろうな と思ってた。。

一年も過ぎると 僕は 同じ学年の友人と 3ピースのバンドを組んでオリジナル曲を作って活動していた。hatch(ハッチ)というバンド名だ。。

何やら 本気 になってしまったようだった。
すると学園祭の前しか 活動しないような 緩サークルを変えたくなった。
変えるには まず 自分 が変わらなくてはならない等といきまいて 学外のイベントに積極的に出るようになった。

いよいよ 楽しくなってきた。

音楽を作って それを歌い 日本中を回る 仕事

ミュージシャン

なんて 素晴らしい職業なんだ と思った。

緩サークルは いつまでも 緩サークルだったが

それで全然良くなった。そんな事関係無いっちゃ関係ない。。
大学の卒業の匂いがする頃になると音楽を続けるか 普通に就職するか 大いに考えた。

気持ちは決まっていた。

でも 色んな事を踏まえた上で 一応迷った。

結局 僕はアルバイトをしながら バンド活動をする事にした。
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by tvpvo | 2010-04-22 03:29  

To自分(バンドをするまで)

僕は小学校の2年生から 高校3年まで サッカーをしていた。
阿呆みたいにしていた。

小学生の頃は ソレ が好き過ぎて 授業中ずっと 机上に ひたすら サッカーボールの絵を書いていた。
消しては
また 書いた。

ボールを中心に そこから見えるあらゆる角度で ゴールポストも書いた。

サッカー漫画は
・キャプテン翼
・頑張れキッカーズ
・かっとびいっと(どんな字だっけ?)
・イレブン
等を好んで読んだ。

でも密かに 野球も好きだった。
小学生の頃 サッカーが休みの時は 野球をした。
小学3年まで 町営団地に住んでいたが とにかく 団地の壁に ボールをぶつけて遊んだ。
斜め下(3階)に住んでいた ヤクザ風?のおじさんに 危なくボールが当たりそうになり この世の者とは思えぬ程の目つきで睨まれた。
脱線した。。

野球漫画は
第3野球部が一番好きだった。


とにかく 暇さえあれば どちらかをしていた。

高校に入ると 引き続きサッカーをしていたけど 正直 飽きてきた。
けど 続けた。

替わりに?音楽が好きになってきたのかも・・

家の空っぽの仏壇から 何故か ガットギターを見つけた。

しめしめ と だが ヒソヒソ と弾いた。
体育野郎が文化かぶれ野郎になった なんて 家族から思われたくなかった。
当時は音楽なんかしている男はみんな オカマ野郎 だと思っていた。(本当)

サッカーの試合前はほったらかしてテンションが上がらないので ウォークマンで ボンジョヴィ を爆音で聴いた。

オアシスも聴いた。
大学に入って すっかり サッカーは辞めた。

きっぱり辞めた。
それから不思議なくらいに1ミクロン程も サッカーに興味がなくなった。

バンドサークルに入った。

それはそれは 地味なサークルだったなぁ。。
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by tvpvo | 2010-04-19 04:18